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その1 第伍話 イノウエ順子

Auteur: 彼方
last update Date de publication: 2025-11-27 16:00:00

5.

第伍話 イノウエ順子

「あっ、珍しい。象牙の牌ですか」

「うちのはじいちゃんの代からあるやつだから年季が入ってるよ」

 井之上家の麻雀牌は象牙だった。立派だし、象牙の麻雀牌は手積み麻雀をやる上で良い。

 というのも、象牙は天然素材で、湿度や温度の影響を受けやすく、乾燥すると収縮して裏面が凹み、表面が凸になる『アーチ反り』が起こりやすい。特に古いセットにはその現象が顕著に現れ、コレクターの間では『象牙の味』として好まれる特徴の一つである。

 こうなっていると17牌17牌で2列にして手前1列を持ち上げて牌山を作ろうとする時に山を積み上げやすくなる。自然が作り上げた使いやすさというのはなんとも心ときめくものがあるではないか。

「いいですね、象牙牌。私も学生時代によく麻雀しに集まってた友達の家の牌は象牙でした。美しいですよね」

「学生時代は私も学友と麻雀したものですよ。メンツのためなら仲良くない友達とか、時には女の子にも声かけて……それがきっかけで仲良くなるということも少なくない。そんな学生時代でしたね。懐かしいです」

「もしかして奥さまとも?」

「チュンさんは鋭いですね。そうなんです。妻とは麻雀がきっかけで知り合いました。ずいぶん気の強そうな女の子がいるな、というのが最初の印象でしたよ。ハハハハハ!」

「そんな話はおれらも初めて聞いたぞ。なあ、シロー」

「そうだね~」

「お母さんは普段はおしとやかで通してたからな。気の強い勝負師な面は隠してたのさ。バレてるけどな」

「隠しきれてないよ」

「てか作品読んだ読者はみんな知ってるまであるよね。お母さんの作品に出てくる女の子って気の強いのばっかりじゃん」

「そうだな。純子は本当に、面白いお母さんだったな」

「イノウエジュンコさん? もしかして『望遠鏡』や『イノウエ順子短編集』などの青春小説で一世を風靡した『イノウエ順子』さんですか?」

「よくご存じですね。イノウエ順子は妻のペンネームでした。と言っても字を変えてるだけで読み上げる音的には本名のままですけどね。これならペンネームで呼ばれてピンとこないということが無いから良いんだとか言ってました。本名のままでも良いんだけど麻雀好きの作家で『純子』だとエッセイストの左田純子先生と被るから」

「私、短編集の『世界は君の思い通り』が好きでした! へー、あのイノウエ順子さんでしたか! しかし『純子』を順番の順の字で『順子』にしてるあたりに麻雀愛を感じますね」

「どーしてー?」

「シュンツってあるだろ。234とか789とか横並びでメンツを作るあれ。漢字で書くと順番の順に子供の子で順子(シュンツ)って読むんだよ」

「そーなんだ。じゃあお母さんはイノウエシュンツってこと?」

「そうとも読める」

「そういやお母さんピンフ好きだったもんね。なるほどな〜」

 そんな話をしながら山を積み、点棒を揃えてからふと場決めをしてなかったことに気付く。

「あ、場決めどうしよっか。東南西北の牌でいつもはつかみ取りしてたけど、間違えて先にもう山作っちゃったしな」

「おれは適当でいい」

「僕もあんまり気にしない」

「じゃ、このままでいいな。親決めだけサイコロで決めよう。士郎、振るか?」

「うん!」

ヒュッ

コンコンコロコロコン……

 1と2の目が出た。

「3だ。チュンさんが起家だね」

「はい。それでは、よろしくお願いします」

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